スポーツと脳 脳を知る・創る・守る・育む 16
開会挨拶
NPO法人脳の世紀推進会議副理事長 津本 忠治

おはようございます。ご紹介いただきました副理事長の津本です。
本日はトップアスリートとして有名な室伏広治さんをお迎えしておりますので、ごく簡単に、脳研究はいかに重要であるか、どんな特徴があるかをお話しして、ご挨拶に代えたいと思います。
高校生をはじめとする若い人に、最近のサイエンスでどの分野がおもしろいかを尋ねると、宇宙と脳という答えがかなり返ってきます。宇宙は、たとえば惑星探査機『はやぶさ』が活躍したり、ダークマター(暗黒物質)が充満しているといった、いわゆる知的好奇心を刺激するような話が多くなっています。脳も、いうまでもありませんが、こころと脳の関係はどうなっているのか、ひらめきは脳でどのようにして生じるのかといったように、脳研究は知的好奇心を刺激する話題に富んでいます。その意味で、宇宙と脳の両方とも大変興味深いのですが、もう一つ、宇宙と脳に共通する点があります。それはなんでしょうか。
宇宙と脳はやたらと数が多いということです。天の川は、われわれの太陽系を含む多数の星が円盤状に集まったものを横からみたものです。天の川銀河系には二千億から四千億ほどの恒星があり、さらに宇宙には一千億ほどの銀河系があるといわれています。ですから、宇宙の星はとてつもない、想像を絶する数になります。天文学的数字というのはここからでてきた言葉だと思いますが、数の多さという点では、脳も負けてはいません。われわれ脳には一千億個ほどの神経細胞があるといわれています。この一千億の神経細胞には、シナプスといわれる接点がそれぞれに一千個ほどあって、それぞれがつながっています。このつながりの組み合わせは、想像を絶する数になります。そのような複雑な神経回路からわれわれの認知能力、行動、あるいはひらめき、こころがどう生まれるのかが大問題です。そういったことが、われわれの知的好奇心をおおいにそそります。どうなっているのか、多くの人が関心をもたれています。今日お越しの皆さんも関心をお持ちだと思います。その意味で、宇宙と脳には共通点がありますが、科学的には大きく異なる点もあります。
それは、脳科学は非常に裾野の広い総合的で多様性を持つ科学であるという点です。伝統的な神経解剖学や神経生理学に加えて、最近は情報科学、心理学、ロボット工学、臨床的な精神医学、臨床神経学など幅広い学問を総合しています。その意味で、脳科学は総合人間科学というべき分野です。その点が他の科学と違います。
もう一つ違う点があります。脳科学は好奇心を刺激する学問領域ですが、認知症の解明、治療法の開発など臨床的応用につながりますし、場合によっては教育や子育てにもつながる点も持っています。社会に有用な情報、知識を提供し、さらに社会の役に立つ成果もあげることができます。その点で他のサイエンスとは少し違います。その意味で、脳科学は現代の社会にとって非常に重要です。ただ、脳科学に対して公的な支援を要請する、あるいは政府に財政的な支援を要請する場合、必ずしも理解を得られにくい点があります。私どもはよく経験するのですが、たとえば、超大型の宇宙望遠鏡を建設して宇宙の謎を解明するといった話は、非常にわかりやすいといわれ、そのような大型の研究は研究費獲得計画を企画しやすいそうです。しかし、脳科学は非常に広い分野にわたり総合的で、多様性に富んでいますので、私どもは脳科学に対しては広い観点からの支援が必要であろうと考えております。必ずしも一点集中型の支援ではなく、基礎から応用、臨床にまたがるような広い観点からの支援をお願いしたいと常々申し上げております。この点を皆さま方にもご理解いただきたいと思っております。
脳科学は多様性に満ちた分野でありますので、この『脳の世紀』シンポジウムでは、「脳を知る」「脳を創る」「脳を守る」「脳を育む」の四領域に分けて、最先端の研究成果を紹介していただくことにしています。そして、今回は室伏広治さんに特別講演をお願いしております。
繰り返しになりますが、脳科学は多様性のある非常に広い分野にまたがる総合科学です。スポーツももちろん脳科学に関係しております。そのような観点から室伏さんからお話をいただけると思います。
従来の私どもの知っている脳研究者の話ですと、大体どういう講演内容になるかある程度予想がつくのですが、今日の室伏さんの話はちょっと予想がつきません。その意味で、非常に楽しみにしております。時間がありませんので、これで私の話を切り上げたいと思います。ご清聴ありがとうございました。